富士見観音堂について

昭和37年7月 海外開拓移民を送り出した日本の家族の方々で作られた「日本海外移住家族会連合会」が発足。その会の初代専務理事・事務局長でもあった藤川辰雄氏が昭和53年8月に退任後、私財を投じて富士見観音堂が建立されました。藤川氏は、昭和43年10月「海外移住議員連盟(後に中南米国会議員連盟と改称)」事務局長も兼任し、世界各国の日本人海外開拓移民の現状をつぶさに視察する事がはじめて実現しました。  志半ばでお亡くなりになった移民の方々に心を寄せ、昭和48年11月 高野山にて得度受戒。昭和61年 サンパウロ州スザノ市 金剛寺に「ブラジル富士見観音」を建立、同年9月20日、ピラアマゾニアにて巡礼中に消息不明、死亡と確認されました。  この藤川氏の記録は公な史実として世に出る事なかったが、映像作家岡村淳氏により貴重なドキュメンタリー作品三部作として完成。  その後、藤川氏の奥様、写真家の佐々木美智子さん、観音堂の清掃を行ってきた『日本ブラジル文化交流協会』OBの方々、そして今回の移民体験ツアー案内役でもある伊藤修真さんが歴代の堂守を務めています。

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